FOOLS GOLD  -5ページ目

FOOLS GOLD[デースケドガー]4

 

 彼女も僕を見て、微かな笑みを浮かべた。口元のほくろが僕を誘ったように見えた。
 ニューオーダーが好きなの?目の前にいる彼女に向かって声を掛けた。10Mは離れている相手に対して話し掛けるつもりで声を掛けたのだが、その刹那、ニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」のイントロのギターリフが流れ、ロックキッズ達の咆哮によりかき消された。彼女は一瞬ダンスフロア(と呼べるほどの大きさではない。4人踊る人がいれば、いっぱいになる。それでもピーク時にはその5倍の人数が犇めき合う。)に意識を向けたが、僕の方に向き返ると今度ははっきりと微笑み、僕の首に腕をまわし耳元で、踊りましょう、と囁いた。
 
 店に入って1分で知り合いになった僕らは、ハイネケン片手に店の隅で、音楽について語り合った。彼女はそんなにロックフリークというわけではなく、たまたま友達に連れられて来たようだ。その友達も今ではここで知り合った男と話をしている。そして自分の好きな曲で、ここで流れてもおかしくないかなと思える曲をリクエストしたのだそうだ。要するに退屈していたのだ。
 「Blue Monday」が流れた。
 「ニューオーダーが好きなの?」今度は聞き取れる声で尋ねた。
 「そんなに知らないの。この曲が好きなだけ。高校生の頃、よく聞いたわ。ディスコで流行していたから」
 「イアンカーティスの話を知ってる?」
 僕は気に入った娘がいると必ずする物語がある。イアンと残ったメンバーの物語だ。彼らの話はシリアスだけれども単に暗いお話にならないので、女の子を口説くにはもってこいだった。(それは彼らが辛い過去を乗り越えたから、そして極上のポップソングを作り続けているから)
 「知ってるわ。昔の恋人が好きだったの」
 そんなふうにして僕らは知り合いになった。
 
 出会って15分だ。

 つづく

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デースケドガーに関する考察その2 著名人に聞く①

 

シンシナティ・キッドに聞く

●映画であなたのことをマックイーンが演じていましたが、彼の事はどう思いますか?

「ああ。やつの演技はなかなか気に入ってるよ。男気があるからいいやね。まあなんにしてもハゲのブリンナーや大根のブロンソンが俺の役をしなくて良かった。」

●映画ではスタッドポーカーで闘っていましたが、一番得意なギャンブルは何ですか?

「何でも得意さ。特にデースケドガーは俺の右に出るやつはいないね」

●今デースケドガーが一番得意とおっしゃりましたが、勝つコツはなんでしょう?

「そんなこと教えられるかい。ケツの穴洗って出直してこいや」

●失礼しました。最後に今までで一番アツイ勝負を教えてください。

「やっぱり帝王ランシーとの勝負か、カイジとの限定ジャンケンのどちらかだな」

●ありがとうございました。

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FOOLS GOLD[デースケドガー] 3

 

 2時間前の話だ。

 僕は学生の時以来約10年ぶりに、新宿2丁目にある老舗のロッククラブに遊びにいった。僕にはその店に遊びに行くと必ずリクエストする曲が2つある。ストーンローゼズの「FOOLS GOLD」とニューオーダーの「BLUE MONDAY」だ。
 席に座りハイネケンを注文すると、早速リクエストカードにこの2曲を書き込み,DJに渡しにいった。僕がDJブースの隙間に手を伸ばし、中にいるDJにカードを渡そうすると同じタイミングで、もうひとつの腕が伸びてきた。なんとなしにそのリクエストカードを見るとそこには同じ曲の「BLUE MONDAY」と「I FEEL FOR YOU」が書かれていた。
  チャカカーン?ここはロッククラブだぜ?同じ曲をリクエストしことにも、チャカカーンをリクエストしたことにも興味を持ち、顔を上げてその相手を見た。女性だった。どこかで見たことがある。そうだ。半年前くらいに駅で見かけた彼女だ。チャカカーンだった。

  つづく

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デースケドガーに関する考察その1 デースケドガーの歴史④

 

 英国人はサッカーとともに紅茶をカサブランカにもたらした。人々は紅茶を飲みながら、数学に勤しみ、天文学を学び、そしてカードに興じた。スペイン人はカードで遊ぶ時、単にあてっこして遊んでいただけであったが、思索好きの英国人はそれだけではつまらないと思い様々なゲームを考え出した。ブラックジャック・バカラ・ポーカー。今日カジノで行われるゲームの多くはここカサブランカが発祥の地である。そしてデースケドガーも。
 カサブランカのカジノで最初に流行したのは、バカラであった。バンカーとプレイヤーに分かれて数の大きさを競うゲームだ。基本的にカジノのゲームはルールが単純なほど人気がでるものだ。スペイン人はバカラに夢中になった。だが、英国人にとってはバカラも単純で物足りなかった。そして単に数の大きさを競い合うだけでなく、そこにあてっこの要素を取り入れた。デースケドガーである。
  デースケドガーの名前の由来はサッカーの掛け声からきている。「前」という意味の「デースケ」と「後ろ」という意味の「ドガー」を合わせた言葉だ。英国人は「Dayskit」と「Dagger」とスペルを当てたが、本来の北アフリカ原住民の発音は、日本語に近かったようだ。前述の英国人航海士の日誌にはこのように記されている。「サッカーも面白いけど、デースケドガーも最高だね。ママもこれならOKさ」

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デースケドガーに関する考察その1 デースケドガーの歴史③

 

 スペイン人の次にカサブランカにやって来たのは英国人であった。英国人の多くはこの町で休息し、また更なる未開の地・希望峰を目指し大西洋を大陸沿いに南下していった。多くの英国人にとって、”RAVE”も”E”もないこの土地は退屈に思えたのだ。ただカサブランカの地に残る英国人もいた。彼らはスペイン人と同じように永い航海にうんざりして残ったのではない。カサブランカという土地が気に入ったわけでもなく、この地にあるカジノに魅了されたわけでもなく、ましてやこの地に「ハシエンダ」をつくろうと留まったのではない。もう、とてつもなくサッカーがしたかったのだ。
 だってすぐに出航したら、今度はいつサッカーができるかわからないだろ?-当時のタイムカプセルから見つかったある英国人航海士の日誌にはそう記述されていた。
 さて、残った英国人はまずスペイン人と北アフリカの原住民にサッカーを教えた。それまでのサッカーは人数も決まっていなく、とにかくボールを相手のゴールライン(サイドラインは無く端から端まで全てゴールだった)に押し込めば1点という乱暴なルールだった。ただこのルールだと人数の少ない英国人が圧倒的に不利なので、ルールを少し改竄し、試合は11人で行い、またサイドラインというものを授けピッチを囲うことにした。近代サッカーの原型がこうして生まれたのである。
 英国人チーム(マッドチェスターユナイテッド)とスペイン人チーム(レアルカサブランカ)と北アフリカ人チーム(アフロ軍曹)で闘い、シーズン初めは英国人チーム(マッドチェスターユナイテド)が圧勝であった。しかし、スペイン人チーム(レアルカサブランカ)と北アフリカ人チーム(アフロ軍曹)も徐々に力を付け、当時のFIFAランキングこそ差はあれど、英国人チーム(マッドチェスターユナイテッド)を脅かすようになった。
 「いつかランキングでも抜かれるなと俺は思ったね。」前述したタイムカプセルから見つかった英国人航海士の日誌にはそう述懐されている。
 「だって俺たちと試合するとき、最初の頃、やつらの(試合中の)掛け声は『Dagger! Dagger!』しかなかったんだぜ。それがいまじゃ試合中の半分くらいは『Dayskit! Dayskit!』だもんなあ。まいるぜ。えっ?『Dagger』と『Dayskit』はどういう意味かだって?いやあアフロ軍曹のやつらの言葉さぁ。おれも確実には言えないんだけど、『Dagger』は『戻れ』とか『後ろだ』とかの意味だね。『Dayskit』は『攻めろ』とか『前へ』だな。やだなぁ。それくらい調べてから聞いてくれよ。まあアクセントは俺たち英国人には難しいけどね。
 その日誌を読むとそのうち北アフリカ人チーム(アフロ軍曹)だけでなく英国人チーム(マッドチェスターユナイテッド)とスペイン人チーム(レアルカサブランカ)もサッカーの試合中の掛け声で『Dayskit』と『Dagger』と叫ぶようになり、さらに日常生活でも使うようになったようだ。いわばカサブランカ語になったとも言えるだろう。


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デースケドガーに関する考察その1 デースケドガーの歴史②



 カサブランカに落ち着いたヨーロッパ人(主にスペイン人)達はまずそのオアシスに井戸を掘り、農耕に励んだ。カサブランカに辿り着くまでの船旅があまりにも退屈であったため、皆その反動でよく働いた。その甲斐あって移住して1年足らずでカサブランカは立派な町となった。
 だが皆が一所懸命に働いている一方で、占い師は一人思索に耽っていた。
 「航海中は危険の度合いが高く、(実際はほとんど平穏な日々であったが)また町を興している間は何かと頼りにされた。だがこれから安定成長期になる時代を迎えて、俺の役割はなんであろうか?俺は必要とされるだろうか?」
 彼は決して哲学的な意味合いで悩んでいたのではない。起業家の見地から自分の行く末を案じていたのだ。そして彼は、これからの占いはエンターテインメントの要素が必要である、という結論に達した。細木数子より500年も前にだ。そして人々に娯楽と憩いの場を提供した。これが大あたりで、安定成長期に入ったカサブランカの人々は、こぞって占い師を訪れ、「あんた死ぬわよ」と誰かが言われるのを楽しみにし、または用意されたカードで遊びに興じた。
  カジノの始まりである。  
〔参考文献 「カジノの歴史」-民明書房館-〕

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デースケドガーに関する考察その1 デースケドガーの歴史①



 デースケドガーの歴史を紐解くには、まずカードの歴史について語らねばならない。16世紀の大航海時代、ヨーロッパ人は新世界を目指し嵐の中を突き進んだ。船員にとってその日々は毎日がアドベンチャーであった、のではなく、特別不運に見舞われない限りは、実際は来る日も来る日も凪で平坦なとても退屈な人生の一時期であった。

 ヨーロッパからアフリカまで地中海を縦断する間、ある船員が退屈しのぎに考え出したのがカード(トランプ)の始まりであった。当時、長期間にわたって航海する場合は船員の中に必ず占い師がいて、船長、医師、書記に継いで重用なポストを担っていた。占い師によって使用する道具は様々であったが、タロットカードが一番多かったようだ。
〔他には水晶玉・数珠・ダウジング・六星占術・おっぱい等が当時、地中海を望む南ヨーロッパで流行していたとされる-民明書房館「大航海時代」より-〕

 占い師もだいたいはひまなので(地中海を縦断している間は、おおむね楽な航海なので、あまり占いの出番がない。)退屈でしょうがない。そこで自分の商売道具でひまを潰すことを考える。最初はゲームというより手品に近いものであった。占い師は退屈しのぎに船員にむかってスペイン語で「注目」という意味の「Tei Geana Nya!」という掛け声とともにカードを曲げたり、切ったり、また繋げたり、口からでろでろでろと出すふりをしたりしていた。
だけど他の船員もばかじゃない。毎日「Tei Geana Nya!」を聞かされれば飽きてくる。そのうちタロットカードで遊ぶやつらが出てくる。最初は単にあてっこだった。相手のカードがどんなカードかを当てたほうが勝ちという実にシンプルなものであった。カードゲームの始まりである。

 永い間航海をしてアフリカの地に降り立ったヨーロッパ人は最初落胆したにちがいない。ただ暑いだけのなにもない土地に思えたからだ。退屈な生活がやっと終わると思っていたら目の前にあるのは砂だらけ。海のほうが時々嵐になる分だけまだ刺激的だ。そして船長は西の方に緑豊かな土地があるのに気付く。オアシスだ。

 アフリカに移住したヨーロッパ人が最初にしたことは、そのオアシスに居付き、港を造り、町を整備することであった。ホントは退屈な航海にまた出るくらいなら、一所懸命に働いた方が幾分かましだったからにほかならない。そのオアシスがカサブランカ-モロッコの首都-である。

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FOOLS GOLD[デースケドガー] 2



 1枚目のカードが配られた。
 これからの小一時間を想うと胸が苦しくなる。これから僕は人間のずるさをいやというほど味わうことになるだろう。なにより自分自身の狡猾さ・卑屈さそんな認めたくない部分を眼前にぶつけられる。それがデースケドガーに手に染めた者の辿る道だ。金は手に入るかもしれない。ある意味、世に知られているギャンブルの中で一番割りがいいだろう。そして金がない者ほど勝つ可能性が高い。他のゲームと逆だ。通常のギャンブルでは金があるやつが勝つ。典型的なのがポーカーだ。セブンスポーカーならまだしもポーカーで貧乏人が勝てるわけがない。自分みたいな庶民が手を出すとしたら、やっぱりブラックジャックだろう。ブラックジャックは1日トータルで負けることはない。簡単だ。カードを覚えればいい。映画レインマンでダスティンホフマンがやったように。もちろん確実にはむりだ。「A」と「絵札・10」と「2~4」と「5~9」の出た目を数える。これだけでまず負けない。あとルーレットもおすすめだ。ただルーレットは金があってハウス側にマークされると厳しくなる。目立ち過ぎない様にしなければならない。

 2枚目のカードが配られた。
 何を考えているのだ。集中しろ。くだらないギャンブル講義はまっぴらだ。そんなことより考えることがあるだろ。そうだ。僕はこれから目の前の女とデースケドガーをするのだ。この女に集中しなければならない。この女の年や格好からどんなライフスタイルで、どんな思考体系を持っているか想像しろ。そうだ。一番このゲームで大事なのは想像力だ。イマジネーションだ。

 3枚目のカードが配られた。
 僕は女の瞳をみつめた。彼女もこちらを見た。彼女は無表情だったが、その瞳の中に一瞬だけ悲しい光をたたえた。その時僕は思い出した。なぜこんな所で、デースケドガーをしなければならないかを。そうだ。なにもかもこの女の所為だ。そしてチャカカーンの所為だ。そしてチャカカーンに関わった自分の所為だ。

 4枚目のカードが配られた。

 2時間前の話だ。

 つづく

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FOOLS GOLD[デースケドガー] 1



向かいのプラットフォームに女が立っている。一目で水商売とわかるワンピース。髪型はソバージュでチャカカーンみたいにぼさぼさだ。なつかしきチャカカーン。とても80年代な彼女に僕は心奪われ、目が離せなくなった。
彼女に白人が近づいてきて、声をかけた。道を尋ねているわけではなさそうだ。遠すぎて聞き取れないが、ナンパしているのだろう。彼女は英語で話しかけられ、なかば困った様子で「YES」と答えた。それしかボキャブラリーがないに違いない。するとその白人は彼女の手を取り強引に歩きはじめた。おい。ちょっとまてよ。僕が心の中で叫ぶと同時に、彼女は綱引きでもしてるかのように腰を落とし、7センチはあるかと思われるハイヒールで踏ん張りつつ「NO!」と叫ぶ。その白人は一瞬驚いた顔をしたが、手を離しその場から離れてしまった。
彼女が「NO」という単語も知っていて、僕は少しほっとした。
それが彼女とのファーストコンタクト。
(正確には僕が一方的に眺めていただけだけれども。)

あれから半年が経ち、今、彼女が目の前にいる。別に「いい」仲になったわけではない。目の前の彼女とカードで勝負するのだ。ゲームはあのデースケドガー。彼女に好意を持ってはいるが、今となってはしかたがない。自分の認識力、想像力、いや全精力を懸けて立ち向かわなければならない。僕だって、まだ若いし未来がある(輝かしいかどうかは別にして)こんなところで人生を終わりにしたくない。きみには悪いけど勝たせてもらうよ。

この小部屋にいるのは3人だ。僕と彼女とディーラー。部屋の上には監視カメラがいくつもついている。きっと金持ちのヒヒオヤジ連中が僕たちを見て喜んでいるのだろう。ゲスな趣味だ。
ディーラーは僕ら二人に順に目配せするとカードを配り始めた。
いやな汗が背中を流れた。
デースケドガーが始まった。

つづく


第 2 回 SEO コンテスト (新潟・スマトラ頑張れ!!)

Full Of Life(Happy Now)

Are you happy now?
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